お久しぶりです

毒にも薬にもならないブログをはじめました。

http://hum-a-tune.hatenablog.com/entry/2018/02/04/154347

067 ごあいさつ

サラッと過ぎたクリスマス。

ここへきて一年が経ちました。

 

相変わらず1日5~6時間ほど働きに出る

のんびりしたペースではありますが

自分のコンディションに安定感を

感じられるまでになってきました。

かなり良くなったと実感しています。

 

夏からゴスペルを歌いはじめました。

「こうありたい」がどんどんなくなって

屈託なく歌を歌えるようになってきて

クワイヤーのなかで、一人ぶんの働きを

心地よく全うしています。

 

いまは、ほぼ、それだけの日々です。

とても幸せに過ごせています。

 

いずれ色々なことが変わっていき

ここでの暮らしが終わる日もくるでしょう。

そのときは自分に、この歌を贈りたい。

 

レイラ・ハザウェイとジョー・サンプル

When your life was lowという曲です。

 

But always remember my friend
The world will change again
And you may have to come back
Through everywhere you've been

 

さまざまな思いをへて辿りついた

新しいわたしの原点。

 

いつでもここに、帰ってこれますように。

 

 

ここまで読んでくれたあなた!

ありがとう。

またどこかで、会いましょう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

066 離れること

あたりまえではあるんだけど

会わなくなった人がいて
行かなくなった店があって

SNSを覗けば
わたしが居るはずだった場所が
タイムラインに流れてくる。

これはしんどかった。


でも発見もあった。

自分を暖めるものと離れたとき
ひとは心細さに震えながら
自分自身の温度に、はじめて気づく。


わたしの為の温かさが
誰かのための暖かさになるかどうかは
距離が決めることだけど
わたしの温度に、変わりはなかった。


離れたけど、なにも失ってはいない。
なにも奪われてはいない。


これはわたしにとって大きな発見で
この1年間でこの世を去っていった
大切な人たちのことを想うときも
とても大きな助けになりました。


ひとりになるのも、悪くない。

065 静かな生活

にぎやかなシェアハウス暮らしから一転

ひさしぶりの、ひとり暮らし。

メインは療養だから、先のことはわからない。

よくなるのか、わるくなるのか。

いつまでここで暮らすのか。

 

といってはじまったこの生活も、

そろそろ1年がたとうとしています。

 

去年のクリスマスにここに来たから、

ことしの12/25に、今においつこう!

それまでもうすこし、おつきあいのほどを。

 

さて、ここへきて気づいたこと、1つめ。

 

すごく静かです。

頭の中が。こころのなかが。

 

ーこうでなければいけないー

 

そんな思いからかつて自分に向けていた、

無数の“思考の刃”は

いまはほとんど、なくなりました。

 

人と比べる いつかの自分と比べる

それをしなくなって、楽になりました。

 

よく、手放す ということばでもって

自分の中の変化を表現することがあるけれど

わたしの思う“手放す”というのは

手の中にぎゅっと握りしめ続けた“それ”を

おりゃあと投げ捨てるのではなくて

その手を、ふとゆるめてみる。それだけ。

それだけのことで、こころって楽になる。

 

また“それ”を握りしめる時がきてもいい。

ゆるめることさえ、知っていれば

いたずらに怯えることはないはずだから。

 

 

064 ドミノ倒し 後編

東京を離れる決心をしたのは9月半ばのこと。
なのにどうでしょう。
話が全然うまく進まないのです。

理由は関係各社のコンプライアンス関係。
このご時世、何よりも重要視される事柄です。
ワタクシが口を挟めることではありません。
うそーん、ここでストップかかるの?

でもこのガッカリ感、覚えがあるな。
東京に来るとき。
4月に来たかったのが無理になったけど、
その結果、シェアハウスとご縁ができたんだ。
なんか似てる。このあからさまな感じ。


そしてあっという間に、11月。
そこから一気に動きがありました。

結果から言うと、所属会社をかえることになり
契約交渉に気をしっかり持って(笑)臨んだ結果、
前回の、『不戦敗ばりに残念な契約』の
リベンジを果たすことができたのです。

これで、もし仕事を休みがちになっても
生活苦に陥るまでにはならないはず!
暗雲がスパッと晴れました。


そしてほぼ同時に、かの地への出張があり、
仕事の合間を縫って、部屋探しも完了。

 

「もう無理ー!できませーん!!」
そんな完全降伏ではじまったドミノの果ては
のどかな海沿いの町での、経済的な心配から
解放されたひとり暮らしでした。
着地!ぴた!

でもやっぱり、さみしかったなぁ。
大切な人たちに少しずつさよならをして、
クリスマスの日、東京を発ちました。

 

063 ドミノ倒し 前編

白旗宣言からしばらくして、面談がありました。

このときすでに、収入は激減してました。
入社半年でついたばかりの有給が消えていく。
快方に向かう見込みがあるわけでもなく、
このままいくと非常にまずい。

叶うものなら在宅勤務できないものかと思いました。
机に座れれば、あとは何とかなる気がして。


なので、わたしから話をきりだしました。
もう仕事行くのしんどいんです、
在宅やったら何とかなるかもしれない。

ダメ元で、そのまんま、言ってみました。


でも会社としては在宅勤務を導入していない。
そうか、残念。やはり、仕事はここまでか。


…そこからの、話の展開!

東京と大阪以外に、唯一ある地方拠点。
そのすぐ近くに部屋を借りて仕事するのはどうか?
うーーーーーん。

電車通勤しなくていいし。
うーーーーん。

水も空気も都会よりずっといいよ。
うーーん。

家賃も、物価も相当安いはず。
うーん。


いやいやいや、まって!
わたしの東京ライフ。
まだやりたいこと、たくさんある。

でも、そんなこと言ってる状況じゃないのは
自分が一番、よくわかってた。


それでもさすがに即答はできず、
考える時間がほしい、と伝えました。

1週間くらいで心の整理をして、結局
行くことに決めました。


実際、東京を離れることはさみしかったけど、
「これで元気になれたらいいし、もし
それでもだめなら、その時はやめたらいい。」と
言ってくださったことが、心底有難かった。
そして、何よりも。

この町、海のすぐそばだったのです。

062 白旗をあげるとき

脱ステしながら仕事に行っていましたが
夏になり、ガクッと動けなくなりました。

夜眠れない。そして朝起きられない。
目が覚めても、動く気力がない。
立ってシャワーを浴びることができない。
身支度できても、駅までの徒歩13分がつらい。

意外にも、さほど焦りは感じませんでした。
「あ、これはもうだめなやつだわ」と、冷静でした。

治療的生活が最優先、ということだけは
自分のなかではっきりしていましたので、
仕事ができないなら、東京にいる必要はない。

今の仕事はやめよう。
いっそ何もせずのんびりしよう、そうしよう。

当時のわたしは鎌倉・逗子という土地に絶大な
憧れがあったので、どこでもいいから海の近くで
何もせずぼーっとして暮らしたいと思いました。
それに加え、出張先で乗った電車から見た農村の、
夕暮れから漆黒に包まれていく光景に感じ入り
「人って、ちゃんと夜が来るまちに住むべきだ」
などと思ったりもしていました。

そして、善は急げと「もう働くのは無理です」と
職場に意思表示をしたのです。

 

この「降伏宣言」が、新たな流れのドミノの端っこを

押すことになりました。