026 あこがれの理由

テレビで見た、和三盆作りの職人さんに

釘付けになった子供の頃のわたし。

それはなぜだったのか、今の感覚で紐解いてみます。

 

和三盆とは、きめ細やかな口どけと上品な甘さをもつ

砂糖の類のなかでは、最高級の品です。

主に高級な和菓子の材料になり、そのまま

落雁のように固めた茶菓子もあるほど、

洗練され、美しく完成されたたべものです。

 

この和三盆がべつの誰かの手にわたり

さらなる美しさをたたえたなにかに生まれかわる。

そんな美しさをつなぐ営みと、その源流である和三盆に

わたしはあこがれを感じます。

 

かたやその製造工程は、一見、単調な作業の繰り返しです。

手で水をかけながら、丁寧に、研ぐ。

重石をかけ、急がず急かさず、一晩かけて蜜を抜く。

最後の研ぎで、職人の勘で、

絶妙の塩梅で糖蜜を残して仕上げる。

そして最後の夜があけて、出来あがった和三盆の

慎ましくも誇らしげな美しさといったら。

 

そのすべての工程を、

もしかしたら、職人のこころの内さえも

あますところなく反映された結果として

和三盆があの美しい和三盆たりえることを

職人は知っているのではないか。

その、美しさに忠誠を誓うかのような

ひたむきな精神性があらわれた仕事姿に

わたしはこころ打たれたのだと思います。

 

そして、おそらくわたしにとってのダルマというのは

その抽象化されたあこがれの理由、

『美しさに忠誠を誓うかのような、ひたむきな精神性』

を見いだせるようなことなのかもしれません。

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