062 白旗をあげるとき

脱ステしながら仕事に行っていましたが
夏になり、ガクッと動けなくなりました。

夜眠れない。そして朝起きられない。
目が覚めても、動く気力がない。
立ってシャワーを浴びることができない。
身支度できても、駅までの徒歩13分がつらい。

意外にも、さほど焦りは感じませんでした。
「あ、これはもうだめなやつだわ」と、冷静でした。

治療的生活が最優先、ということだけは
自分のなかではっきりしていましたので、
仕事ができないなら、東京にいる必要はない。

今の仕事はやめよう。
いっそ何もせずのんびりしよう、そうしよう。

当時のわたしは鎌倉・逗子という土地に絶大な
憧れがあったので、どこでもいいから海の近くで
何もせずぼーっとして暮らしたいと思いました。
それに加え、出張先で乗った電車から見た農村の、
夕暮れから漆黒に包まれていく光景に感じ入り
「人って、ちゃんと夜が来るまちに住むべきだ」
などと思ったりもしていました。

そして、善は急げと「もう働くのは無理です」と
職場に意思表示をしたのです。

 

この「降伏宣言」が、新たな流れのドミノの端っこを

押すことになりました。